安井 誠(やすい まこと)
株式会社セブンーイレブン・ジャパン
企画本部 経営企画部(中国) 兼 海外事業本部 グローバル人材開発部
総括マネジャー
外国人留学生の「人生設計」という視点
利重 総務省の予測では2050年には日本の人口は9500万人まで減少するといわれ、人手不足はますます深刻化しています。外国人労働者の受け入れというのは喫緊の課題になっていますが、全国にチェーン展開されているセブン-イレブンでは、現在どれくらいの外国人の方が働いていらっしゃるのでしょうか。
安井氏 セブンーイレブンはおかげさまで、全国で2万店を超えました。従業員が約40万人で、そのうちの約9パーセント、3.6万人ほどが外国籍の方になります。さらにその約90%が留学生のアルバイトです。外国人留学生は日本で30万人くらいなので、単純計算すると約10パーセントです。外国人留学生のだいたい10人に1人を抱えている計算になり、最初は「桁違いではないか」と驚きましたが、確かに10人の外国人留学生を集めて「セブンーイレブンで働いている人はいますか?」と質問をしたら、1人はいそうな感じがします。これは相当な規模であり、それだけに社会的責任の大きさも感じています。
利重 外国人留学生を受け入れるにあたり、会社として大切にしていることはありますか。
安井氏 外国人材の活用や受け入れについて、大切にしていることが3つあります。1つは、コンセプトを明確にすることです。2つめは、万単位の雇用の話になりますので、スキームをしっかりつくること。3つめは、国の政策と連動していることだと考えています。
その背景としては「変化」があります。「変化」とは何かというと社会環境の変化と、セブンーイレブンの加盟店の変化があるのですが、まずは、社会環境の変化で日本に「外国人が増えていること」。訪日外国人観光客は、2010年の861万人から、2017年には 2,869万人に増加し、2020年は4,000万人が目標です。セブンーイレブンの店舗では、インバウンド(訪日観光客)対応をしたり、商品ラベルに英語表記を加えたり、フィリピン国籍の方が多い地域にはフィリピンの食材を置くなどの対応をしています。そして総務省の「多文化共生」や内閣府の「骨太の方針」で示された、「外国人労働者の受け入れ」拡大です。日本に在留している外国人は、現在273万人です(2018年末)が、この中で、セブンーイレブンの加盟店の変化としては先ほど紹介したようにセブンーイレブンの従業員全体の約9パーセント、外国人留学生の約10パーセントがアルバイトをしているという状況です。
利重 外国人留学生の受け入れに関して方針はありますか。
安井氏 最も重要なコンセプトは「ここで働いて良かった」と思ってもらうということです。「ここで働いて良かった」と思ってもらうことで定着率も良くなりますし、人も集まってきます。
セブン&アイ・ホールディングスの伊藤名誉会長は、イトーヨーカ堂の創業時に苦労をし、「信用」が大切なのだと悟りました。「信用」がないとお客様は来てくださらないし、銀行はお金を貸しつけてくださらないし、取引先は商品を売ってくださらない。同様にステークホルダーである従業員にとって「信頼される職場」にすることが大切だと考えています。「従業員は集まってくださらないもの」という考えが前提で「信頼される職場づくり」を目指しています。
次に、「外国人従業員の立場で考える」ということです。ビジネスでいうと「クライアントの立場で考える」ということ、家庭では「妻や子供の立場で考える」、国家間であれば「相手の国の立場で考える」など、これは大変難しいことかもしれませんが、人間社会の一番大切なところです。「外国人の立場」でいうと「労働力」としてではなく、外国人その人の「人生設計」という概念で捉えています。セブンーイレブンでアルバイトをしている時に、たとえば「将来、家を建てたい」あるいは「起業したいので資金を貯めたい」「これからも、もっと日本で働きたい」という希望があるとします。それであれば、セブンーイレブンで「在留資格が変更できるようにしよう」「そのためには日本語力を上げましょう」「店舗経営の技能を身につけよう」ということができるようにします。具体的にどんなことが仕事で学べるかというのは、後ほど詳しくお話しします。
そして、最後に「やりがいのある仕事」、全員参加型経営です。「全員参加型経営」というのは、よく経営学等で取り上げられますが、セブン‐イレブンでは、簡単な作業だけをやってもらうのではなく、発注分担をやっています。発注というのは商売ではとても大切なことで、発注が多すぎても、足りなくても損が発生します。経営学の用語で言えばマーケティングとマーチャンダイジングです。このような大事なことをアルバイトにも担当してもらいます。すると、「発注した商品をどう陳列しようか」や「どうやって売ろうか」「在庫をどのくらい持とうとか」などと考えるようになります。こうして、主体性を持つことが大切だという考え方です。
お店というのは1つの会社。身をもって経営を勉強できる
利重 では、セブン‐イレブンで仕事をすると、どのようなことが学べるのかを詳しく教えてください。
安井氏 お子さんに「PLって何?」と聞かれたときにどう答えますか。「たとえば、お前がお店屋さんをやっていたとするよ。お客さんが商品を買ってくれるとお金もらうよね。このお金は、直ぐに使ってはダメなんだよ。このお金で次の商品を仕入れないといけないんだよ。さっき、お客さんからもらったお金は〈売上〉で、次の商品を仕入れるために買った商品のお金が〈売上原価〉だよ。次に従業員にお給料を払わなきゃいけないね。それを〈人件費〉というんだよ。商品を入れる袋、これは〈物件費〉なんだよ。それで残ったのが〈利益〉だよ。この利益は使って良いんだよ」という説明であれば分かりやすいのではないでしょうか。
大企業で働いていると、自社の「PL(損益計算書)」は普段はあまり意識しないと思いますが、お店というのも1つの会社ですが、自分の行動の一つひとつがPLに直結します。電気をつければ光熱費がかかる、発注を間違えると損をする、というようなことを、身をもって勉強することができます。
また、「単品管理」も学べます。「単品管理」というのは、ハーバードビジネススクールでも「TANPINKANRI」と英訳されてテキストとして使われている内容で、マーケティングのひとつです。お客様のニーズを捉えるためには、まずは情報収集をして、仮説をたてて、発注して、販売をして、販売結果を検証するというサイクルになります。分かりやすい例でいうと、麺類です。暑い時は冷たい麺を食べ、寒い時は、温かい麺を選びますよね。そうなると、麺類の仕入れをする際に、「明日の天気はどうだろう?」と天気をみて気温を調べると思います。では、翌日の気温が30℃の場合、冷たい麺と温かい麺のどちらを発注しますか。
利重 冷たい麺を発注します。
安井氏 今日が25℃で、明日が30℃だったらそれで良いのですが、今日が35℃で、明日30℃だった場合、もしかしたら涼しく感じるかもしれませんよね。しかし、実際に今日25℃で翌日30℃の時に冷たい麺を発注して販売してみると、冷たい麺は売れておらず、逆に温かい麺が欠品するということが起こりました。「なぜだろう」と調べてみると、そこの店舗は、オフィスビルの中に入っている店舗で、気温が暑くなったので冷房を強くかけていて、冷房にまだ慣れてないオフィスビルの人たちが寒くなってしまい、それで温かいものを欲しがるということがわかりました。そうすると、翌日の天気だけではなく、商圏・お店の特徴も研究しなければならないということになります。
また、商圏を知るということで、お店の近くの小学校で運動会があると知った場合はどうでしょうか。運動会ということであれば、おにぎり、麦茶が必要ではないかと考えて仕入れますが、結果を検証すると、全然売れませんでした。なぜだろう?とその小学校に行ってみると、そこは、母親が心を込めてお弁当を作り、おじいちゃん、おばあちゃんを連れて見に来るような運動会でした。このようなことを考えると、人間の心理や行動パターンをしっかり考えないとうまくいきません。ありきたりな「運動会=おにぎり」というワンパターンな考え方ではダメなのです。「人間の心理を考える」これがまさにマーケティングです。セブン-イレブンの店舗では、このような勉強ができます。
利重 教育についてはいかがでしょうか?
安井氏 外国人材受入れ体制構築の為の実証実験という位置づけもあり、ベトナムから6名のインターンを受け入れています。まず、直営店の3店舗にインターン生を2人ずつ配属しました。先ずは座学を3週間行い、その後も店舗訪問して面談したり、協力会社に同じ出身国の外国人を雇ってもらって、母国語ケアをしてもらったりというようなことをやっています。又、店長の他に専門の指導責任者をつけています。
それで、何を検証したいかというと、やはり研修内容が重要です。プログラムがあり、いろいろな課題学習があるのですが、これがうまく回るかどうか。日本語能力試験N4取得者だったらどうか、N5だったらどうか、N3だったらどうかと日本語レベルによる違いの比較をしています。それから生活サポート体制。宿舎はどうするのかとか、携帯電話はどうするのかそのようなことをチェックしています。
スマホで使える外国人用のE-ラーニングも実験しています。アルバイトは就業時間が終わってから店舗に残って店舗のPCで勉強するというのは難しいので、通学や出勤の途中で学べる必要があります。簡単な日本語や絵で説明しているもので、動画もあります。昔はマニュアルも英語や中国語などの多言語化を考えていたこともありますが、今は「やさしい日本語」でやるようにしています。
利重 コンビニエンスストアで働く場合、覚えなければならないものが多いうえに、その多くが漢字です。中国や韓国の留学生が大半だったこれまでとは違い、最近はネパールやベトナムの方が非常に増えてきています。現場はどのような状況でしょうか。
安井氏 現場は大変です。それはやはり悩むところで、たとえばお弁当などは、次から次に新しいものが出てきます。漢字圏出身のアルバイトであれば麻婆とかいて「マーボー」だと分かりますが、非漢字圏のアルバイトの場合、漢字で書かれた商品の名前を覚えるのが大変です。
先日、「なぜ、こんなに急に日本に来るネパール人が増えたのか?」という話になりました。聞くと「国家が安定しておらず、大学に行っても1年で勉強するものが3年かかるなど、就学環境が良くない。そういうところに、ブローカーがたくさんできて、アルバイトをすればすぐに返せるから…とお金をとって日本へあっせんするというようなのが横行してきた」とのことです。2005年頃は4,000人くらいだったのが、今は7万人に増えたといいます。
利重 これからもっと、非漢字圏の方が増えてきますね。
安井氏 ベトナムの送り出し機関に行くと、ずらっと実習生候補が並んでおり、「お客さま、いらっしゃいませ!」「私たちは日本語を勉強しています!」「日本語の歌を歌います!」といって、AKBの曲がはじまります。みんな目がキラキラしています。しかし、会話しようとしても、決められた教科書通りの会話しかできません。簡単なことを質問しても返事ができないレベルで、日本語能力試験N5レベルぐらいです。接客のない工場であればいいのですが、お店ではお客さんへの対応ができませんから少し厳しいレベルです。
そこで、ある程度日本語力がある人をターゲットにという課題が見えてきました。まず、日本ですでに働いている留学生です。すでにお店で活躍し、店長クラスになっていて、オーナーさんは卒業後に正社員として迎えたいと考えており、本人も日本で働き続けたいと思っているような留学生です。しかし、お店だと在留資格の変更許可が下りません。それで、泣く泣く国に帰っているという人がいますので、このような人に「就業可能な在留資格で、日本に戻れるようにしよう」ということです。特定技能ビザの職種認定や特定活動ビザの運用緩和などが出来るようになればそういう人たちの採用が可能になります。
あるいは、日本語を勉強していて本当は留学したいのに、留学するお金がないという人は、先ずは就業ビザで来日したら良いのではないかと考えています。40時間働き、余った時間で日本語を勉強し、お金が貯まったら改めて留学に切り替えればいいのではないかということです。
また、母国の日系企業に就職している日本語能力試験N3取得者の人です。その企業にはN1レベルの人が社長の通訳をやっていて自分の3倍の給料もらっている。いまのまま5年間働き続けても状況は変わりそうもないということで悩んでいるケース。そういった人も、就業ビザを利用して、来日して働き、N1を取得して帰国すれば良いのではないでしょうか。日本の企業に就職しても良いし、将来永住権を得て、オーナーとしてセブン‐イレブンを経営するなど、このような将来の夢や人生設計が可能になるということです。
「多文化共生」は、日本が避けて通れない課題
利重 では、これからセブンーイレブンが目指すところを教えて下さい。
安井氏 「コンビニエンスストアを多文化共生の拠点にする」ということです。多文化共生とは、単にその場に外国人がいるということではなく、日本に定着する、あるいは母国に戻って活躍する、さまざまな選択肢を尊重するという意味で捉えています。訪日外国人観光客は、宿泊先の近くにコンビニエンスストアがあれば、そんなに困ることはありません。また、在留外国人については、コンビニエンスストアが最初の職場として、来日してすぐに働くことが可能で、日本語や技能、ビジネスモデルも学ぶことが出来ます。将来の起業資金を貯めたり、ステップアップの在留資格を得たり、まさに日本へのゲートウェイです。
私はこの話をするときに、いつも「ITの先を考えろ」と伝えています。AIが進んでレジなどの省力化はできるかもしれませんが、省力化をされたからといって人がいらなくなるわけではありません。我々がめざしているのは、「巨大な自動販売機」ではありません。
たとえば、セブンーイレブンの商品を自宅にお届けする際、お弁当を届けて「おばあちゃん、元気にしている?」というような会話を、ベトナムから来た留学生にいわれたら、おばあちゃんは心があたたまるのではないでしょうか。そういうコミュニケーションが大切で、お客様や地域に溶け込むことが出来ます。そして、その先にはアルバイトから、正社員をめざし、日本で加盟店での店主になる、などの道が開けてくるでしょう。これがまさに外国人として日本社会に溶け込むということです。
利重 完全自動化というのは、セブン-イレブンとしてはめざしてはいないということですね。
安井氏 我々は、もともとは物販から始まっていますが、いろんな行政サービス、支払いサービスなどを拡大しました。また防災防犯、特に災害の時にコンビニエンスストアは社会的に認知されました。さらに、お年寄りの見守りサービスも重要だと思っています。そのようなものをめざしている中で、無人というのはないでしょう、ということです。
多文化共生というのは、日本が避けては通れない課題ですから、外国人が日本の社会に溶け込むエントリーの場所になるという意味でも役割は大きいのではと思っています。
利重 さまざまなコンビニエンスストアがあるなかで、御社はリーディングカンパニーとしてずっとトップを走られています。外国籍の方の採用、そして多様な文化のなかでの人の活かし方、マネジメントにおいて、やはりそこには他社にはない何があると思われますか。
安井氏 そういうことは全く考えていません。この問題は一企業の問題ではなく、コンビニ業界全体の問題だと思うので、フランチャイズ協会でこういったコンセプトもすべて共有しています。どこか1社が変なことをすると、世間的には「コンビニが良くない」という話になります。したがって、むしろみんなで「こういう世界をつくっていきましょう」という考え方です。
利重 御社だけではなく、社会全体でという捉え方なのですね。
安井氏 そうです。社会基盤として認知してほしいということです。
利重 最後に、これから外国人雇用をしようと考えている方々に、なにかアドバイスがあればお願いします。
安井氏 アドバイスするという立場ではありませんが、「多文化共生」というのは、本当に今の日本にとって、いや日本人にとって重要だと考えています。それは国際社会における「国の在り方」を日本人が考えなければいけない時機になってるからです。そこは、ぜひ一緒に取り組んでいければといいなと思います。
(左)株式会社セブンーイレブン・ジャパン 王 路 氏
(中)株式会社セブンーイレブン・ジャパン 安井 誠 氏
(右)グローバルパワーユニバーシティ 利重 直子
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