【補講】日本人のための外国人マネジメント講座~#1#2の補講授業~

この記事は、『「すいません」が言えない中国人「すいません」を教えられない日本人(健康ジャーナル社・2011年)』の著者が、研修講師として日本人の本音を中国人社員に語りかけているかたちで執筆しています。連載の各記事が1つの研修講座となっており、中国人社員を中心とした外国人社員と向き合う為に日本人が知っておくべきこと、考え直すべきことなど、一歩踏み込んだ内容になっています。この記事を読み終えたら、ぜひ職場の外国人社員にこの内容を語り、研修講座の内容を実践していただきたいと思います。また、記事を読むことで、皆さんが外国人社員との付き合い方を再認識するきっかけになれば幸いです。

今回は、#1#2の【補講】です。記事をまだご覧になっていない方は、ぜひご覧ください。
#1 中国人のよくある言い訳。どうしてスイマセンが言えないのか。~日本人のための外国人マネジメント講座~
#2日本人が使うすいませんの意味とは?~日本人のための外国人マネジメント講座~

言い訳ではなく、嘘とごまかし

日本人が中国人を評するとき、ストレートに悪く言いたくないという心理が働き、あえて高尚な単語を持ち出してきて、きれいにまとめてしまうことが多い。もっとも顕著な例が、「中国人は自己主張が強い」だ。人の立場や迷惑を顧みない身勝手な言動を、「自己主張が強い」と言い換えている

#1と#2の章で取りあげた「言い訳」と「非を認めない」という言葉も “ 言い換え語 ” である。本当のところは「口ごたえ」であり、「口から出まかせ」、「嘘」、「偽り」、「ごまかし」、そして「逃げ」だ。

私にはこんな経験がある。

ある中国系企業と取引をした際、支払いがあまりに遅いので先方のスタッフと揉めた。その取引先の担当者が、「ああでもない、こうでもない」と逃げ口上を打っては延延と話を逸らし続けるので、いつものこととはいえ心底うんざりし、

「いい加減、そういうくだらない言い訳はやめてくれませんか!」

堪忍袋の緒が切れた私がそう言うと、彼はまったく動じずにこう返してきた。

「言い訳じゃない、本当です」

私は相当イライラしていたので、そのときは気がつかなかったのだが、あとで思うとそれは不思議な発言だった。

「言い訳じゃない、本当です」とは、どういう意味だろう。

それは、「嘘じゃない、本当です」と言い換えればわかりやすい。彼の頭のなかでは「言い訳=嘘」という理解だったのであろう(たしかに、彼の説明はすべて嘘だったことが後日判明する。よくある話だが)。

日本語の意味を厳密に考えれば、言い訳するとは「自分は悪くない」と表明することであって、嘘をつくこととは違う。「言い訳するな」と日本人が言うときは、「あなた自身の落ち度を認めろ」と言っているのであって、「嘘をつくな」と言っているわけではない。

そのときの彼が、そこまで正確に考えて日本語を操っていたとは思わない。とはいえ、そのひとことによって今さらながらに気がついたことは、「そうか、言い訳してるんじゃない、嘘をついているだけなんだ」ということだった。

人間は、非を認めないのが高じて嘘をつくことがある。これも自衛本能だ。日本人も当然同じである。ただし、中国人はそのスケールが違う。そこを知らねばならない。

そんな経験を繰り返していると、「日本と中国では文化が違う。日本のやり方を押しつけるのではなく、相手を理解する気持ちが大切だ」という、教科書的な “ 異文化理解論 ” などは絵空事に感じられてくる。こっちだって仏様のように寛容な心を持っているわけではないし、そんな理想論で片付くほど現場は簡単ではない。明らかに嘘とわかる嘘をつき、責任転嫁をして逃げる相手に、「理解してあげましょう」なんてチャンチャラおかしい。

そもそも中国人と日本人は、どこまでを「自分が悪い」の範囲に含めるかの基準が違っている。中国人にとっては他意のないごく自然な説明だったとしても、日本人の基準では「言い訳」になってしまうから厄介なのだ。

日本人がいくら「言い訳をするな」と言っても、向こうは言い訳だと思っていないし、自分が悪いとも思っていない。あくまでも「説明している」と思っているのだ。また、たとえ自分が悪いと思っていても、口から出まかせを言って逃げることに慣れてしまっている。

「言い訳」と「説明」の違い

「言い訳」とは、「自分は悪くない」という説明のことだ。日本人は “ 何が起こっても自分にも責任の一端がある ” と考えて、反省して改善を心掛ける民族である。そうするのが当たり前だと思っている。だから、「自分は悪くない」という説明(=言い訳)を毛嫌いする。仮に本当に自分は悪くないと思っていても、一歩引いて「すいません」と言ってから説明をはじめるのが常である。

ところで、「自分は悪くない」と言う説明は、往々にして「だから悪いのはあなたです」という意味になってしまう。悪いはずの当人にそのは自覚がなく、「悪いのはあなたでしょう」などと言い返されたら、唖然としてものが言えなくなる。さらに、こちらが黙っていると追い打ちをかけて言い募るーー中国人社員と話をしていて、こんな経験はないだろうか?

相手がくだらない言い訳をはじめたので、思わず「言い訳するな!」と言ったら、「言い訳じゃありません、説明してるんです」と言い返されてしまった。そんなとき、「そうか説明なのか、じゃあ聞かないといけないな」と、鷹揚さを見せがちなのが日本人である。それは間違った反応だ。「そんなくだらない説明は聞きなくない!」とハッキリ言わなければいけない。そうしないと、延々と「説明」をされた挙げ句、そのうちあなたが悪者にされることになる。

仮に言い訳をやめさせたとしても、非を認めさせるのはさらに至難の業だ。相手の誤りを丹念に説明して説き伏せようとしても、日本人と中国人の間には「悪い」の感覚にずれがあるから絶対に無理だ。

日本人であれば、「あなたにだって責任があるんだから、そんな言い訳しないでください」と言いたくなる。喧嘩両成敗は当たり前の感覚だ。しかし、中国人から返ってくる返事は、「いいえ、私は悪くありません。私には責任がありません」である。こんなやり取りをすれば、問題はさらにこじれることとなる。すると、最終的には必ず日本人が折れて、「たしかにこっちにも責任はあるんですけど・・・」となってしまうだろう。結局、相手に非を認めさせようとしてもそれが適わず、逆に自分の非を認めるという腹多立たしい結果に終わる。

型から入る”言い訳防止法”

そこまでの言い争いはなかなかないにしても、「なんかムカつくな・・・」とか、「なんだよ、あの言い方は!」と思うくらいのことはしょっちゅう起こっているはずだ。しかし、彼らの「言い訳」の半分は、中国語の会話なら普通のことであり、それを “ 忠実に日本語に訳して ” 口にしたものだったりする。それが結果として言い訳に聞こえてしまうのだから、「罪はない」と言っても差し支えない。要するに “ 知らないだけ ” なのだ。だから、そんなときには「言い訳するな!」とか、「嘘をつくな!」と言っても、“ 暖簾に腕押し ” である。無駄に疲れるだけだ。

日本人の英語に “ sorry ” が多いのも構造としてはこれと同じであり、わかりやすい事例であろう。「すいません」を訳して「ソーリー」と言っているだけで、使う場面をかなり間違っていることに多くの日本人が気づかない。クライアントに電話して開口一番でソーリー、会議で質問しようとしてソーリー、タクシーの運転手に行き先を告げようとしてソーリー・・・。「すいません」をいつでも “ sorry ” に置き換えたら、会話としてはおかしくなる。罪がないとはいえ、そういう英語を使うのは恥かしい。中国人の「言い訳」もそれに似ている。

しかし、だからと言って「しょうがない」というわけではない。放っておけば、いつまでもお客さんと話ができるレベルにはならない。お客と打ち合わせをするとき、言い訳がましい彼らの日本語は、横で聞いていてハラハラする。それでは信頼関係が築けるはずがない。

では、言い訳(日本基準)をしてもらわないためにはどうしたらいいか?最終的には日本基準の喧嘩両成敗の感覚に慣れてもらうしかないのだが、それには “ 言葉 ” から入るしかない。とにかく「すいません」と言わせることである。

言い訳にしろ、非を認めるにせよ認めないにせよ、理詰めで説得を試みれば間違いなく頓挫する。それよりも、その場に相応しい表現を覚えさせるほうがはるかに取組みやすい。表現を覚え、そこからさかのぼって文化背景や思考パターンを理解させたほうがいい。「なせそう言うのか」がわからなくても、とにかく「すいません」と言わせることである。やがて、それに続けて、「自分が悪かった」とか「別の方法があったのに気づかなかった」と言う表現ができるようになるだろう。

新入社員に、「必ず挨拶をしなさい」と厳命するようなものである。いわば “ きほんのき ” なのだ。私の新人のときは、「朝は大きな声で、おはようございますと言え!」と指導された。それと同じことだ。とにかく「すいませんと言え!」と言うことである。

もう一つ英語の例を持ち出すと、キリスト教徒ではない日本人でも、英語での会話になったら、“ Oh, my God!”(オーマイゴット!)とか “ Jesus! ” (ジーザス)と言う英単語をごく普通に発声しているはずである。その時、「我が主よ~」などと考えて使っている人はいない。しかし、その発声ができるとかなり英語っぽく聞こえるものだ。意味は考えなくてもよい。使う場面さえ理解していればよいのだ。

私が海外で英語を使って仕事をしていた時、とにかく “ No ” と言う癖をつけて臨んだ。かつて日本人は “ イエスマン ” と揶揄されたが、私はその逆を行った。何も言われても返事は “ No ” である。

最初はつらかった。しかしとにかく “ No ” と言い返す癖をつければ、次の主張、「なぜなら」が自ずと出てくるようになるものである。私も日本人であり、一切の非を認めない一方的な主張などは本能的に受け入れられない。それを外国語でやるとなったら、なおのこと頭で考えていたらできなくなってしまう。だからとにかく、考えずに “ No ” と言い返すのだ。

「すいません」も同じことだ。自分は悪くないと主張することが当たり前の世界から出た外国人にとって、「すいませんでした、私が悪うございました」なんて、言葉の意味を考えたら絶対に言えない。だから意味を理解するより前にまず発声する癖をつけたほうがいい。

文化が分かるから言葉ができるようになるのか、言葉ができるから文化が分かるようになるのかーー。私は後者だと思っている。「はじめに言葉ありき」。型から入る。そうすればやがて理解できる。

「すいません」の正しい理解を

たいていの中国人は、「すいません=謝罪」だと習っている。しかし「すいません」が謝罪を意味することは、実際の会話ではさほど多くはない。「すいません」は会話の潤滑油なのだ。これを言って損することはないし、何度言っても言いすぎることはない。

もし御社に、「すいません」を自然に言えない中国人社員が入社したら、日本人のあなたはそれを教えてあげなければならない。「すいません」のサインを適切なタイミングで発することが出来ない人、「いえ、いえ」の合言葉を返せない人は、残念ながら、“ 感じ悪い人 ” 、“ アクの強い人 ” “ 自分勝手な人 ” と思われ、敬遠されてしまうのだと教えよう。当人はそれを知らないのだからかわいそうだ。

問題は、今までそれに気がつかなかった当人の感受性にある。しかし、たいては教えればわかるものだ。海外に働きに来るからには、それだけのモチベーションを持っている。そのまま放置することは、本人にも気の毒だし会社にとっても損失である。

ここであえて指摘しておきたいことは、日本人自身が「すいません=謝罪」と思い込んでいるということだ。これは相当にまずい。

「すいません」と言うことに抵抗を示す(「すいません」=謝罪だと信じている)中国人に対して、「そうだよね、日本人っていつも謝ってばかり、本当に変な民族だよねえ・・・」などと言って同調してしまう人がいる。「すいません=謝罪」ではないと知りつつ、しかし謝罪でなければ一体何なのかがわからないため、説明から逃げて迎合してしまうパターンだ。

こんな例もある。ある中国人女性と日本人女性との会話。

中国人「日本人って、“ すいません ” って自然に言えるからいいですよね」
日本人「なんで、おかしくない?いつも謝ってばかりで日本人って変だと思わない!?」

日本語慣れした中国人であれば、「すいません」が謝罪ではなく、思いやりの表現であることを知っている。機微を察知して「すいません」と言えることを、日本らしくてとてもいいとさえ思っているのだ。そんな中国人に対して当の日本人が、「その解釈は違う、日本語はおかしい言葉なのだ!」と間違った解説をするとは・・・。これじゃあ日本語の神様が泣く。「すいません」は「私はあなたの負の気持ちを理解していますよ」と言う思いやりの表明である。日常生活、ビジネスシーンを問わず、最も大切な日本的な部分だ。これができない人は、日本社会に馴染めない人として、歓迎されることは決してない。それが日本人でも同じことである。

次回#3は、「日本文化のわかる人」についてお話をします。お楽しみに。

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『「すいません」が言えない中国人「すいません」を教えられない日本人(健康ジャーナル社・2011年)』
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