<写真右>
ザ・プラント株式会社 代表取締役・アナトール・ヴァリン
米国ニューヨーク州出身。1997年に来日。名古屋大学・中京大学で教鞭を執った後にIT・プログラミングの世界へ進出。2005年にザ・プラントを創業。焼き鳥と日本の文化によって世界料理に昇華した食べ物が好物。好きな街は山梨県の笛吹市で、桃やブドウ狩り、夏の花火など日本の自然や情緒を楽しむ。ポートランド州立大学修士課程、愛知大学修士課程修了。
<写真左>
ザ・プラント株式会社 最高人事責任者・岡真喜子
兵庫県出身。米国の大学にてホスピタリティ学を学ぶ。卒業後はニューヨークにある高級ホテル・グラマシーパークホテルに入社。日本GHCDコーチング協会認定講師。人の心の在り方や人との関係性を引き出してくれるコーチングの技術を使ったコミュニケーションで、離職率が高いIT業界、かつ外国籍の従業員が90%以上という当社の離職者を0にした。
<聞き手>
長岡吾朗(ライター)
国籍を取り払うと優秀な人材を採用できる
長岡 グローバル社員(外国籍社員)の多い会社と伺いました。まずは会社概要について教えてください。
ヴァリン 当社は2005年に私が東京で創業した会社で、独自の開発フレームワーク「QOR」を使い、法人向けのECプラットフォームやCMS、CRM、モバイルアプリなどのシステム開発・運用・コンサルティングを行う会社です。顧客企業のオンラインビジネスに伴走し、ビジネス課題の解決に寄与することを目標としています。現在社員85名のうち9割が外国籍で、日本以外ではアメリカ、オーストラリア、中国、タイ、香港、フランス、ブラジル、ロシアなどその国籍数は12か国に及んでいます。中国とオーストラリアにも支社があります。
岡 グローバル社員が多い理由は社長がアメリカ人だからというのも大きいですが、日本企業・外資系企業問わず、自然な形でグローバルに展開をしている顧客企業が増えていき、それに伴って外国人メンバーが集まってきたという流れです
長岡 社長はアメリカ人として日本で会社を創業されたのですね。
ヴァリン そうです。私は1997年に来日し、奨学金を受けて名古屋にある大学院へ留学しました。その後名古屋にあるいくつかの大学で教鞭を執っているときに、愛知県の中小企業向けのとあるバイリンガルサイトを制作し、その後プログラミングに特化した事業を開発したくなってザ・プラントを東京で立ち上げました。
プログラミングに限らずですが、特に創業期はいかに良い人材を集めることができるかが重要です。その中で、ご存知かもしれませんが、特に日本のIT業界では優秀なエンジニアを集めるとなるとかなりの争奪戦です。しかし国籍という枠組みを取り払えば、より多くの候補者の中から優秀な人材を採用することができます。
当初は知人経由で人材を採用していましたが、意図的に日本人以外の人を雇おうとしたわけではありません。そもそも国籍を意識したことすらなく、あくまで本人のスキルや人柄に特化して決めていました。そして今、設立から既に20年経ちますが、じっくりと時間をかけて人を増やしてきたこともあってミスマッチはほぼなかったですね。
実は、優秀なグローバル社員は言語に長けている人も多く、ワールドワイドな顧客への対応がしやすいというメリットがあります。当社の顧客は、外資系企業や海外に向けた事業を展開している日本の会社が多いため、海外にいる色々な国籍の関係者と連携していくことが不可欠です。そうした場合でも、言語に秀でた外国人の社員がいれば、コミュニケーションに困ることはありません。また必然的にメンバーそれぞれが多様な価値観や生活習慣を持っており、アイディアや視点が多様であることも事業に生かされていると感じています。
また日本企業では珍しいことかもしれませんが、再雇用者も多くいます。当社に勤めた後、「研究をしたくなったため学校に行きたい」「友人と起業に挑戦する」などとさまざまな理由から退社したものの、再び戻ってくるケースです。会社の居心地がよいから戻ってくるのだと自負しています。
双方の価値観やニーズをどう満たしていくのか
長岡 さて本題の人事の話についてお伺いしたいと思います。実際にグローバル人材を採用して起こった葛藤や苦労はありましたか?どのようにそれらを解決したのですか?
岡 国籍の違う人間同士ですので、今まで思ってもみなかった課題や問題に直面することもあります。たとえば、イスラム教徒の社員からは、宗教上の理由から業務時間中に2時間の祈祷を認めてほしいと言われました。また中国のとある地方ではお昼寝の習慣が残っているらしく、他の社員がいるすぐ横で突然睡眠が始まったりも。
公平性を中心に考えてしまうと対応が難しくなってしまいますが、個別に丁寧に対話を重ねてお互いの期待値をすり合わせていくと、必ず何かしらの解決法が見つかります。お昼寝の件ではほぼ利用されていなかった部屋を休憩ルームとして整えることにしました。
ただ同時に、日本の文化や商習慣についても理解を促します。例えばミーティングに平気で10分以上遅れてきたり、お客さまとの打ち合わせに自分の朝ごはんを持ち込んできたり。小さなことかもしれませんが、そうしたちょっとした事があった時にきちんと伝えるようにしています。
ヴァリン 実際に採用した外国人のうち、数名は当社の前にも日本での就業経験があり、日本企業の固有の習慣や雰囲気に直面し、学び、そして自分なりにそれらを乗り越えてきた人たちなので、採用面では問題はありませんでした。
しかし日本に来るのもパスポートを取得するのも初めてだった社員については、既に日本で暮らしている外国人社員らができる限りの細やかなサポートを行いました。例えば、事前に日本での生活についてしっかりと説明し、具体的なイメージを持ってもらい、並行してビザの取得に始まり、空港への送迎、生活面では社宅や家財道具の準備、行政の手続き、食事やゴミの捨て方まで一切をサポートしました。
日本社会をよく知る既存社員らが、それぞれの経験や知見を生かしてサポートするので、日本が初めての人でも安心して日本での業務・生活に馴染むことができます。
岡 このような形で国籍の違う人同士がスムーズに対応できるのは、日本での就業経験のあるグローバル社員たちが、仕事と生活両面での文化的軋轢を乗り越えるにはどうしていけばよいのかを分かっているからです。
正直こうしたコミュニケーションは時には忍耐を伴うことも少なくありませんが、やはり人事の考え方として譲れないところでもあります。そして会社としては、それぞれの社員に期待することを明確に伝え、互いの期待値を擦り合わせ、「なぜこれが必要なのか」について背景や文脈も話すことを大切にしています。期待より高くても低くても、ギャップがありすぎると後々のトラブルになりがちです。
そこまで達成すれば、社員も質の高い成果をキチンと出すことを怠りません。ようは「双方の価値観やニーズをどのように満たしていくのか」ということなのですが、「対話を通じた相互理解を欠かさないこと」すなわち一人ひとりのサポート力が答えとなります。相手を尊重したコミュニケーションがやがて組織文化となり「共生」することを可能にするのだと思います。
長岡 ちなみに言語の問題に関してはどうでしょうか?
岡 グローバル展開されている企業との取引が多く、意思決定者の方たちが英語でのコミュニケーションを望まれることも多いため、必然的に社内の公用語も英語になりました。ただもちろん英語を使わない部署の場合、英語がそこまで得意でない社員も当然います。しかし社員たちは「分からないことは分かる人が通訳をして助け合えれば良い」と考えており、言語による障壁を感じたことはありません。日本の組織によくある、日本語話者と英語話者との心理的な葛藤や距離感もなく、自然と互いにサポートしあいながら、楽しくコミュニケーションを取ろうという姿勢や文化を全員が持っていると思います。
とはいうものの、グローバル社員を採用するにあたって言葉自体の問題は常に発生しますね。例えば「チャレンジ」という言葉を日本人はよく使いますが、例えば「ゲテモノを食べることにチャレンジしてみる!」という内容で、英語でチャレンジの単語をそのまま使うと意味がおかしくなったりしますし、ネイティブには伝わりません、また英語が得意でない中国の社員が「今日は大雨で体が湿っているので遅刻します」という連絡が来たり、単純に使っている単語や文法がおかしくて一瞬頭の中にハテナが浮かぶことは日常茶飯事です。
でもそれを障壁と捉えるか、潤滑油として違いを楽しむと捉えるかで会社や社員のスタンスが変わっていくのではないかと感じます。
高い人材定着率を達成した秘訣
長岡 離職率の高いIT業界、しかも外国籍社員が9割という組織の中で96.13%という人材定着率を達成したのはすごいことだと感じます。どんな取り組みを行なったのでしょうか?
岡 当社ではカルチャーの価値観を可視化した「ザ・プラント5つの約束」(下記図)があり、具体的な内容を全社員の85%が理解し、実行できている、もしくは挑戦できている状態にすることをベースとしています。
この「ザ・プラント5つの約束」を取り入れた後に、慶應義塾大学の前野隆司教授に出会ったことで、「ウェルビーイング」(幸福学)の4つの因子「やってみよう因子」「ありがとう因子」「なんとかなる因子」「ありのままに因子」を知りました。5つの約束との親和性の高さを感じたことから、早速人事運営に取り入れてみました。
このウェルビーイングは、従業員が自己肯定感を持ち、やりがいを感じ、人とよい対話ができる生産性の高い組織であることを指します。例えば幸福感を持った多様な人材が集まれば、よりポジティブかつ創造的なアイデアが集まり、イノベーションや生産性向上の可能性が広がっていき、組織の価値向上や人材の確保などにも繋がっていくということが説かれていました。
当社では、普段から社内チャットでアイデア出しや意見交換を積極的に行っていて、皆が興味のあることが出てきたら、とりあえず一旦やってみようということでその実践を推奨していました。実際に製品化されたものもあります。こうした取り組みは「やってみよう因子」や「なんとかなる因子」です。
そしてこれが最も大切なのですが、日頃から小さいことでも「ありがとう」や「お互いさま」を伝え合う習慣が自然とあったのですが、これも「ありがとう因子」や「ありのまま因子」につながっていたのかと、ある意味答え合わせができて、よりこれらに注力するべく動いています。
この5つの約束はカルチャーブックとして冊子(日英)にまとめ、オンラインでもオフラインでも社員がいつでも確認できるようにしています。
長岡 このような取り組みで活動を行っていることが、グローバル社員の人材定着率へつながっているのでしょうか?
岡 実は企業全体として2030年までに「日本一幸福な働く場所にする」という大きな目標を掲げました。先ほどの「ザ・プラント5つの約束」の共有に加えて、目標を達成するための人事指標(下記)も作成しました。このようなユニークな実践も、人材定着率とリンクしているのではないかと考えています。
ヴァリン 当社では「質の高い成果物を出すことが大切」とシンプルに考えています。なので、例えばランチタイムの設定なども自分たちの仕事の状態や気分で自由に設定することができますし、コロナ禍後も引き続きリモートワーク制度を取り入れているので、通勤時間の削減などを考えると比較的時間的拘束は少ないと思いますね。
時間に対する柔軟性や自分たちが大切にしたい文化的背景や習慣を大切にし続けられる環境というのは、外国人社員がモチベーションを持って働く上では欠かせないものです。さきほどの指標を達成するにあたって大切にしていきたいベース項目の一つです。
ただこれは相互理解があってこそ成り立つものなんです。相互理解は、会社側の努力だけでなく社員からの貢献があって初めて成り立つものだと思っているんです。実は私も含めてメンバーの多くが「アウトサイダー」としての経験をしており、また当社では数少ない日本人も、海外留学や海外就職を経験した社員が多く、そこで挫折や苦労を味わったり、逆に周りから助けてもらったことなどを経験しています。
このような体験を持つもの同士の協力によって、多様性のある環境が作られ、それぞれの異なる意見や価値観を尊重することや貢献の循環が醸成されてきたのだと思います。
自分の常識や価値観とは異なる環境に置かれれば、不安を感じたり頑なになるものですが、そんな経験をしながら、少しずつ周囲を理解していったからこそ、全く新しい環境に来る人をサポートしたいと思うのではないでしょうか。逆に他人に押し付けがちな方は、一度自らをアウェイな環境においてみるとよいかもしれませんね。
グローバル人材を検討する企業へのアドバイス
長岡 さて昨今の人材不足の日本において、日本企業の中でも優秀なグローバル人材の採用について考え始めている会社が多いと聞きます。何かアドバイスはありますか?
岡 昨今は外国人採用についての話題が多くなりましたね。実際、当社の取り組みや事例に興味を持ってくださる企業や団体様からお問い合わせをいただくことも増えてきました。これは以前ではあり得なかったことで私自身も驚いています。
ヴァリン 採用に関しては、先ほどお話ししたようなビジョンや目標を提示しつつも、そこに到達するための過程については各自の考えに任せるのが望ましいと思っています。それを成功に導くためには、日本企業にありがちな時間の拘束(机に張り付いている時間)で評価するのではなく、どんな方法であろうと全てを結果で評価する、という考え方に特化する方が適しているかもしれません
もちろん経営者としてはその過程を管理したくなりがちですが、そこは社員を信頼して任せるほうがよいでしょうね。しかしそれは放任するということではなく、必要に応じて定期的に進捗を把握し、困っていることがあれば、解決に向けて一緒に伴走していくことが大切です。このような取り組みが、グローバル社員と共存していく上では大切なことなのではないかとつくづく思います。
岡 文化的背景や習慣を大切にしつつ仕事ができる環境を、可能な限り提供する柔軟性、そして互いを認め合い、助け合うカルチャーを作る努力は特に大切だと感じますね。国籍を問わず、個々が多様な価値観や背景を持っていることで、創造的な発想や見方が広がっていき、人も企業も成長を遂げていくのではないでしょうか。これは日本人同士でも同じことだと思います。
人材不足の解決や停滞している日本経済が成長を遂げていくにあたって、国際化という波はある意味避けられないことかもしれませんね。そうなってくると「優秀なグローバル人材」の取り込みが一層大切になっていきそうです。日本企業によるグローバルへの対応は大変なシフトかもしれませんが、非常に意義のあることだとも思っています。私たちも対話による相互理解を日々深めながら、会社を支えてくれる多様な社員たちとのコミュニケーションと組織文化作りに、引き続き創意工夫をしていきたいと思います。
長岡 日本のグローバル化が深化し始め、またその人事環境も変わっていこうとしている中、今回はたくさんの学びがありました。本日はありがとうございました。