海野 惠一(うんの・けいいち) 1948年生まれ。東京大学経済学部卒業後、アーサー・アンダーセン(現・アクセンチュア)入社。以来32年にわたり、ITシステム導入や海外展開による組織変革の手法について日本企業にコンサルティングを行う。代表取締役を経て、2004年、スウィングバイ株式会社を設立、代表取締役に就任。天津日中大学院の理事に就任。2007年、大連市星海友誼賞受賞。現在はグローバルリーダー育成のために海野塾を主宰、英語で世界の政治・経済・外交・軍事を教えている。著書に『本社も経理も中国へ』(ダイアモンド社)、『これからの対中国ビジネス』( 日中出版)、『2020年、日本はアジアのリーダーになれるか 』(ファーストプレス)、『英語の世界から学ぶ民主主義』(Amazon)ほか多数。
日本人は世界のリーダーになるにはどうあるべきか。
利重 読者の方々の為に、簡単な経歴と現在の活動内容を教えて頂けますか。
海野 東京大学を卒業後、アーサー・アンダーセン、いまのアクセンチュアに入社し32年間在籍しました。入社11年目にパートナーに昇格し、最後は代表取締役の肩書ももらいました。また33歳からは8年間、青年会議所での活動もしていました。国際青年会議所の副会頭・財務責任者を任され、世界会議で数十ヶ国の代表を前に議長を務めるという経験をさせてもらいました。
アクセンチュア退職後の2004年からは、日本企業のコア業務を中国の大連にアウトソーシングをする事業をしました。雑務ではなく経理業務や品質管理などのコア業務です。アクセンチュアは昔、シカゴが本社だったのですが本社を廃止したという歴史がありましたので、私には「企業は本社がなくてもやっていける」という思いがありました。しかし、その考えに賛同してくれたのは大手3社のみで、ほどんどの企業は「本社海外移転」に賛同してくれませんでした。残念ながら時代はまだそこまできていませんでしたので事業は売却しました。
アクセンチュアを退職する2年前ぐらいから、「グローバルリーダーになるためにはどうあるべきか」というテーマに取り組んでいたこともあり、残りの人生はライフワークとしてグローバルリーダーの育成をしようと思いました。自分自身がグローバルリーダーではなかったですし、そうした人材に自分がなりたかったのです。
日本人で世界をリードしている人はほとんどいません。いま、日本の技術は世界の最先端であっても、日本人は世界のリーダーではありません。ですから、我々は日本人として世界のリーダーになるにはどうあるべきかを問わなければならないと思いました。
そのような背景から、現在は「海野塾」を主宰し、企業の経営者や幹部に英語で「世界の政治」「経済」「外交」「軍事」など教えています。
利重 海野さんのご経歴をお聞きする限り、海野さんは十分にグローバルリーダーだと思うのですが、そうではなかったのですか。
海野 当時は海外の優秀な人材をうまく使う能力が自分にはありませんでした。「優れた人間というのは自分が優秀であることよりも、自分より優れた人間を登用すること」なのですが、こんな単純なことが自分にはできなかったのです。
アクセンチュア時代、あるプロジェクトでアメリカから優秀なマネージャーを日本に招聘したことがあったのですが、当時の私は「彼女に何ができるのか」「どういった人脈をもっているのか」をきちんと聞かなかったのです。英語が下手でしたし、30歳代で自信過剰、「自分は相手よりも優秀だ」という幻想を持っていたからです。もっと「こいつはできるのだ」という確信をもち、相手の良いところ、サムシングエルスをひきだして謙虚になれれば良かった、自分ひとりでがんばらずにもっと優秀な人達の力をかりればよかったのです。
結局、彼女は日本語という壁にまけてアメリカに帰国してしまいました。もっと沢山のことを知っていたに違いなかったのに、私はその1つも引き出すことができなかった、世界中にいるアクセンチュアの人材を活用することができなかったのです。
当時、こうした失敗に対してアドバイスをしてくれた人が沢山いたのですが、聞く耳を持っていませんでした。私が長い年月をかけて学んだ多くの事、たとえば「人の話はよく聞く」ということなどは、実はとても単純なことばかりでした。
当時の私はリーダーとしての勉強が足りませんでした。
利重 海野さんが考える、グローバルリーダーになるために必要な要素は何だと思われますか?
海野 大前提として英語はマスト、英語が一番大事です。そしてもっと大事なのは文法より発音です。特に欧米人相手では、きちんとした英語と発音がしっかりしていないとまず相手にされません。” TOEIC ” が何点”というよりも「それはおかしい!」という事に対して相手を説得したり、論破できなければ対等に扱ってくれません。
英語の語彙は大学を卒業した人で約3,000語なのですが、グローバルリーダーを目指すのであれば、それを10,000語までに引き上げるべきです。国際英文ニュース誌の『TIME』は語彙数が 11,000語、イギリスの週刊新聞『エコノミスト』で 13,000語ぐらいですから、語彙を10,000語に引き上げてやっと世界の人と政治や経済などの話ができるようになるのです。
アクセンチュアの資料は世界中の人が参加できるように配慮されていたので、6,000語ぐらいで読めるようになっていました。私はアクセンチュアをやめてから英語の勉強をし直しましたが、今考えるとひどい英語でした。ただ「英語がしゃべれる」というだけで「ビジネス英語ができる」というだけの事でした。
退職してから13年間、毎日英語を勉強していますが『TIME』や『エコノミスト』はいまだに辞書を引かないと読めません。
そして、海野塾を主宰してから英語ネイティブとディベートをする事を4年間続けてきましたが、最近やっと「このGDPはどうやって計算したんだ?」「それはおかしいじゃないか!」などと、まともにやり取りができるようになりました。
「英語ができる」は当然ですが「仕事ができる」だけでも、アジアや米国では通用しません。グローバルリーダーとは「外国人から尊敬され、信頼される人」です。
外国人から尊敬され信頼されるグローバルリーダーになる3つの要素とは?
利重 では、「外国人から尊敬され、信頼される」グローバルリーダーになるには何が必要でしょうか。
海野 英語をベースに、グローバルリーダーとして兼ね備えておく要件は3つあると考えています。1つは「リベラルアーツ」、2つ目が「日本の精神」、3つ目が「孫子の兵法」です。この3つは世界の人たちから信頼され、尊敬されるための要件だと思います。
まず ” リベラルアーツ ” ですが、世界の政治・経済・軍事・外交の知識など、日本人が関心を持っていることだけでなく、世界の人たちの目線で世界の情報に目を向けることです。
日本ではそういったリベラルアーツを勉強している人が極めて少ないと感じます。なぜなら、日本語のニュースは100%正しいことしか報道をしないからです。だから物事に対して深い洞察力を身につける機会が少ないといえます。
リベラルアーツを勉強するには、意識的に海外のニュース記事を求める必要があります。海外の記事は情報が確かかどうかは関係なく、さまざまな意見が自由に書かれてあるので、そうした内容を確かめながら議論することができるのです。様々な議論を通じて、物事に対する洞察力や判断能力を磨くことができます。
そうすることによって、世界の人たちと会話ができ、議論ができる素地ができます。
利重 数年前、はじめて海野さんにお会いした時「日本の新聞は読まない」とおっしゃったことに衝撃を受けました。私は「日本の社会人たるもの、日本経済新聞は必読だ。」と教えられてきましたので、とても驚いたことを覚えています。
海野 日本の新聞はもうずいぶん読んでいませんが、読んでいても非常に狭い世界だと感じます。スケールの広さに欠け、だいたい右か左かに矮小化されています。
いつか新聞記者にそのような事を言った事があるのですが、「そんなことを言われても、日本人は関心を持たないですから。」と言われました。日本人に関心がある事ばかりをニュースにしたら非常に狭い世界のつまらない内容になってしまうのです。
アフリカのある地域では、10歳の子供で男は兵士に、女は売春婦にという世界があり、辞めさせようと農業をすすめても、やったことがないからわからなくて、結局もとの生活に戻るという状況がある。日本は慰安婦の問題で騒いでいるけれども、その地域では、残念ながら「妻は元売春婦です」というのが当たり前の世界なのです。
また、少し前にバングラデシュでヨーロッパの衣料メーカーの工場が崩壊し、働いていた子供たちが犠牲になるニュースがありました。その時、ヨーロッパでは「子供を雇うなんて何事だ」という報道になっていましたが、貧しい地域の彼ら彼女からしたら、子供が売春をするよりも1日20ドルでビルの崩壊の危険にさらされながらもミシンで洋服をつくる方がよほど良いのです。
そんな事を日本語のニュースしか読まない日本人は知らないのです。
昔の人はこうしたリベラルアーツのような勉学を「無用の用」と言いました。やらなくても日々の仕事に支障は出ないのですが、最も大事なことだと言われていました。
利重 グローバルリーダーとして兼ね備えておく2つ目の要件について教えてください。
海野 2つ目の要件 ” 日本の精神 ” についてですが、日本人は「自分が何者か」「日本人は何か」という事を知らないのです。日本人が日本の精神構造や仁義などの説明ができないのです。
日本は、明治維新を契機に何百年も培ってきた日本的儒学の勉強を止めてしまいました。さらに、戦争に負けてGHQが教育勅語を廃止、日本の近代史の教育を禁止しましたので、日本人は柴五郎や金子堅太郎、塙保己一、二宮金次郎といった人物をよく知らないのです。
日本人の良さである、「真面目」「正直」「勤勉」「嘘つかない」「組織に対する従順な性格」「規律を守る」ということですが、これは日本の文化と習慣の中で培われたもので古来から変化しないものです。こうした日本的儒学と歴史を改めて勉強することによって、日本人の立ち位置、日本人の本来の精神がわかります。「日本人とは何者なのか」がわかるのです。
中国の孟子は「秩序ある社会をつくっていくためには何よりも、親や年長者に対する敬愛を忘れないことが肝要である」ことを説き、道徳的法則として「五倫」の徳の実践が重要であると主張しています。その「五倫」である「父子の親」「君臣の義」「夫婦の別」「長幼の序」「朋友の信」は戦後に廃止された教育勅語の原典でもあるのです。
利重 「五倫」とは具体的にどのような事が説いてあるのでしょうか。
海野 「父子の親」は父と子の間は親愛の情でむすばれなくてはならない、子が親に対して忠実に従う事を意味しています。親を愛するということは目上の人や祖先を敬うと同じことで、孟子は「そうすれば天下が自ずと治まる」と言っています。
「君臣の義」は、君主と臣下は互いにいつくしみの心で結ばれなくてはならない、上司と部下の間の「義」であり「礼儀」です。
「夫婦の別」は夫には夫の役割、妻には妻の役割があるという事です。儒学ではこの妻とのやり取りが世の中を修めるためのもっとも身近な修練の場として考えられていました。「妻とうまくやり両親を大事にできれば国は治まる」と言っています。反対に妻とうまくやることができない人は地域社会でも企業でもうまくできないという事です。
「長幼の序」は年少者は年長者を敬い、年長者は年少者を慈しまなければならない、敬うということは相手を尊んで礼を尽くすことであり、尊敬することです。歳相応の徳を身につけていない人に対しても敬うことで自分の修行になり、第三者から見れば本人に対する評価が上がるという事です。
「朋友の信」は友はたがいに信頼の情で結ばれなくてはならない、心から親しくなりながらも、淡いつきあいのようであり、真心と誠意をもってつきあわなければならないという事です。
孟子は以上の五倫を守る事によって社会の平穏が保たれてるのであり、これらの秩序を保つ人倫をしっかり教えられない人間は禽獣(鳥やけものの類)に等しい存在であるとしています。
こういった教育が、日本人が日本人としての矜持を明確にし、背筋をピンと伸ばした威厳と尊厳を持つことができたのですが、戦後の廃止とともに知識偏重、「徳」とは何かがわからない本質的な学びの要素がなくなってしまったのです。
利重 グローバルリーダーとして兼ね備えておく3つ目の要件について教えてください。
海野 第3番目は、世界のビジネスの方法を勉強することです。身近なものとしては ” 孫子の兵法 ”です。日本人が海外で営業をしようとしても、商習慣や文化の違いから交渉がうまく行かないケースが多いと言えます。
例えば、華僑や華人には孫子の説く「正と奇」という概念を持っています。「正」は、真面目・正直・勤勉・嘘をつかないというような事で、「奇」とは策略のことです。根回し・裏切り・抱き込み・騙し討ち、ありとあらゆる手を使ってでも勝とうとする智慧のことで、彼らはこの正と奇を場面によって、実にうまく使い分けていています。「正」しか持ち合わせていない日本人とは考え方が根本的に違のです。
そんな奇正虚実を交互に使い分ける相手に対して、「誠実正直が身上でございます」と真っ正面から勝負を挑んでも、勝てないのは当たり前で、それどころかいいカモにされるだけです。
よく「中国人とはビジネスをしたくない。彼等は嘘をつくから」なんて間抜けなことをおっしゃる方がいますが、それは信頼関係ができていないから当たり前なのです。
私は、中国人妻の家族と30年間一緒に生活してきたのでよくわかるのですが、日本は国が小さく村社会なので、相手かまわず初対面でも胸襟をひらいて誠実に対応をするお国柄、反対に中国というのは国が広くいろいろな人間がいますので、同学・同族・同郷などの要素がない限り、いきなり胸襟をひらいて付き合うという事はしません。ただ、一度信頼関係ができると、日本人同士の信頼関係以上に絆が強く、嘘をついたり騙したりする事はありません。嘘をつかれるのは信頼関係ができていないだけなのです。
では、そんな人たちを相手にしないで、日本に閉じこもっていればいいのか? というとそいういうわけにはいきません。グローバルにビジネスが動く現代では、嫌でもそういった人たちを相手にしないといけません。
日本人は、外国人の信頼関係の築き方は日本とは違うという事を認識していた方が良いですし、そういう相手に対してどう立ち回るか、どう組むかを考え、相手のビジネスの仕方を勉強する必要があります。
相手のビジネスの仕方を勉強すれば、相手に貶められたりされないスキルを身につけることができますし、自らそうした戦術を駆使することができるようになります。
グローバルなんてものはない。グローバルとは1つ1つの国のこと。
利重 これから、日本企業や日本人はどう突き進んでいけばよいと思われますか。
海野 企業がグローバル化をしていくには、経営者が英語できないとダメですね。そしてよくグローバリゼーションを推進している企業にアドバイスをしているのですが、「会社に最低でも外国人を3人いれないとダメだ。」と言っています。浮いてしまいますし、日本人化されてしまいますから。
無理に日本企業の社内を英語化する必要もありませんが、世界でみると日本語ができる外国人の人数なんてたかが知れてます。優秀な外国人で日本語ができる人なんてほんの数%いるかいないかです。
「英語で仕事をする」という事は日本の組織にとっては晴天の霹靂で反発も多いと思います。そんな中で社内を英語化する、楽天やユニクロは本当に立派だなと思います。
それから、「日本の精神」や「孫子の兵法」などをもっと勉強することです。私は、日本最大規模のIT企業で経営幹部にグローバリゼーション研修をしていますが、関連会社を海外に多くもち日本をリードする企業である彼らですら、これからの社員教育をどうしたらよいかがわからないのです。私が、グローバルリーダー研修をいくら開催したとしても解は出ないのです。
ただ、グローバリゼーションっていうけれども、グローバリゼーションって何かというと、1つ1つの国の事でしかありません。シリアもコンゴもシンガポールもそれぞれ国ごとに事情があって、言語も文化も全部ちがう、グローバルなんていうものはないのです。だからこそ、真摯に日々勉強をする必要があるのではないでしょうか。
また、最近は外国人を雇っている企業が多いと思いますが、その国の歴史や文化、政治や経済など、どろどろした事情も含めてよく勉強しておくべきです。そういった下地があって、どんなところに困っているかというところを理解してコミュニケーションをとらなければ、長く勤めてもらうことは難しいと思います。
よく、経営幹部が「私はあと数年で定年だから勉強をしない」という人がいるのですが、「定年になってもあと20年、30年は生きるのだから少しぐらい勉強したらどう?」と言っています。
あとは、キャリアについての考え方ですね。アクセンチュアでは入社して15年、30歳代の若造に経営者としての責任と権限を渡してしまいます。そうした人材の育成には湯水のごとくお金を使い、無茶苦茶なノルマと責任を課します。
30代で社長になれるようなプレッシャーを企業がかけるのです。そのプレッシャーに耐え、且つ仕事ができて上下の付き合いがよく運がいい人が社長になるのです。社長になりたい人はそうしたことを覚悟して会社に入ってきます。
日本の企業もこのようなキャリアを考えておくべきで、早く社長になりたい人材のルートを設けるべきです。誰もがそうした機会に耐えることはできないでしょうが、そうした可能性をもつ人材はどこの企業にもいる、とてももったいないことです。入社5年で1千万の給料を払う、そのかわり2人分の仕事の負荷をかける、そんなキャリア考えても良いのではないでしょうか。
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