従業員の約3割が外国籍社員。多国籍企業メルカリに学ぶ言語戦略とは?

組織文化のインフラとなる言語

組織にはそれぞれ独自の価値観や行動様式があります。何を良しとし、どんなふるまいが推奨されるのか。こうした意思決定や対話の前提となっている枠組みは「組織文化」と呼ばれ、企業ミッションやバリューと連動している場合もあれば、明文化されておらず組織メンバーの間で自然と共有されている場合もあります。

組織文化は単なる雰囲気や社風ではなく、経営の中核をなす重要な要素として近年注目されています。採用や人材育成、チームビルディング、意思決定のスピードと質、イノベーションの生まれやすさといった多くの経営課題の背景には、組織文化のあり方が深く関係していると言われています。

組織文化は、“自然と育つもの”と思われがちですが、実際には意図的に設計・形成していくことができるものです。そして、その形成に深く関わっているのが「日々のコミュニケーション」であり、さらに、そのコミュニケーションを成立させる前提となる「言語」です。いわば、組織における言語とは、組織文化の土台を支える「インフラ」であり、メンバー同士が共有する価値観や意思決定の基盤として機能しています。どのような言葉で意見を伝え、どのように相手の発言を受け止めるのか。相手の理解に合わせてどれだけ調整ができるのか。これらの選択一つひとつが、組織における信頼関係や心理的安全性、意思疎通の質に大きく影響し、ひいては組織文化の形成に直結していきます。

特に異なるバックグラウンドを持つ多様な人材が集まる組織では、組織文化の形成も意図的に取り組む必要があり、それを支える言語に関する取り組みは経営戦略の一環として捉える必要があります。では、具体的にどのようにそれを実践すればよいのでしょうか。次に紹介するメルカリの事例は、そのヒントを与えてくれます。

メルカリの言語教育プログラム

外国籍社員の比率が約3割、国籍は約55カ国という株式会社メルカリでは、「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というグループミッションを掲げ、言語レベルやバックグラウンドに関わらず個人の能力が最大限発揮されるよう、包括的な言語施策が展開されています。

その実践の一つが、2018年のLanguage Education Teamの創設とともに見直された言語研修です。特に日本語研修においては、従来の知識偏重型の研修から脱却し、業務上の行動に直結した「行動中心アプローチ」を採用。職場で実際に使う日本語にフォーカスを当てたプログラムに移行しました。その結果、通常の学習時間の目安よりもかなり早いスピードでレベルアップが見られたといいます。

さらに、言語習得にはどうしても時間がかかることを踏まえ、一方的に「学ばせる」だけではなく、母語話者や上級レベル話者が相手の理解範囲に合わせて言語を調整する「やさしいコミュニケーション」プログラムも開発。これは、日本語話者は「やさしい日本語」を、英語話者は「やさしい英語」を使い、双方が歩み寄って相互理解を図るというものです。このように外国籍社員だけでなく日本人社員の言語意識にも働きかけ、言語的なハードルを下げながら協働する環境が構築されています。

AI時代にこそ必要な言語教育

メルカリではさらに異文化理解教育やインクルージョンにも積極的に取り組んでいます。

近年は生成AIの進化によって、異なる言語間のやり取りが急速に容易になりつつあります。その結果、「生成AIがあれば、社員が言語を学ぶ必要はないのでは」と考える企業も少なくありません。しかし、言葉の壁がなくなったときに顕在化するのは、「考え方」や「価値観」といった、もっと深い次元の違いによるズレです。

これまで、そうしたズレから起こるコミュニケーションの齟齬は「言葉の問題」として片付けられてきました。しかし、原因は言語そのものではなく、コミュニケーションの構造です。翻訳ツールで表面上の意思疎通が可能になっても、このような課題を乗り越え、その違いを活かして企業のパフォーマンスを最大化するためには、「異文化適応力」の育成が欠かせません。そして、そこでは「どのように言語を使うか」「言語を通じてどのようにふるまうか」といった能力が重要になります。メルカリではそれらを含めて言語能力として捉え、今後ますます必要となる能力として母語話者、非母語話者問わず重視しています。

書籍紹介|『組織文化をつくる言語戦略』

こうした取り組みの背景と実践をまとめた書籍が、2025年9月30日に刊行される『組織文化をつくる言語戦略』です。著者は、メルカリのLanguage Education Teamで言語に関する様々な施策を手がけてきた第一人者で、現場での試行錯誤と実践知をもとにまとめた初の著作です。

経営戦略と整合するカリキュラム設計、D&I施策としてのコミュニケーション支援、さらには組織開発との接続といった内容を、実例とともに紹介しています。

異文化環境におけるマネジメントや外国籍社員向けの施策に携わる方にとって、本書は様々なヒントを与えてくれる一冊となるでしょう。

【書籍情報】
書名: 組織文化をつくる言語戦略
副題: 世界中から人材を集めるメルカリはどのように組織を機能させているのか
著者: 親松雅代(株式会社メルカリ Language Education Team)
発行日: 2025年9月30日
定価: 2,240円(税込)
仕様: 四六判・並製・240ページ

ISBN978-4-384-06118-5
発行: 三修社
書籍詳細はこちら